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音楽の楽しさを教えてくれる人●ピアニスト 北川恭子さん

ピアノの演奏と指導
どちらも大切に続けたい

 「横浜市民広間演奏会」など、良質な音楽に触れられる場が身近にある横浜市。ピアニスト北川恭子さんは、そうしたロビーコンサートに多数出演する他、ピアノ教室を開くなど積極的に音楽活動を行っている。

 小学2年生の時に桐朋学園「子供のための音楽教室」に入り、その後、フェリス女学院大学音楽学部へ進んだ北川さん。「より人間性を高めたい」との思いから、総合大学であるフェリスを選んだ決断がピアニストとしての大きな飛躍につながった。「恩師である堀由紀子先生と出会い、ピアニストになりたいと強く思うようになりました。東京フィルとサントリーホールで共演するなど、貴重な経験もさせていただきました」。

 卒業後は、同級生と3人組の音楽ユニット「カプリース」を結成。9月にはコンサートも予定されている。「小さなお子さんと一緒に聴いていただけるコンサートです。ソロはもちろん、連弾やちょっと珍しい六手演奏も披露しますので、ぜひ気軽に遊びにいらしてくださいね」。

北川 恭子(きたがわ きょうこ)
フェリス女学院大学大学院 音楽研究科 修士課程 器楽専攻(ピアノ)修了。卒業後は非常勤副手として勤務。現在はピアニストの活動に加え、「いこいのピアノ教室」を主宰。ピアノユニット「カプリース」のメンバーとしてコンサートも行っている。
詳細はこちら! いこいのピアノ教室

まずは、ピアノを始めたきっかけを教えてください。 
 三つ上の姉が近所の先生にピアノを習っていて、家にも生まれた時からピアノがありました。姉のレッスンについていったのが習い始めるきっかけですね。ピアニストってお母様もピアニストという方が多くて、2、3歳の頃から習っていたという話をよく聞くのですが、私は特別早くはないです。
本格的に習い始めるきっかけはなんだったのでしょうか。
 当時、住んでいた家の近くに桐朋学園の「子供のための音楽教室 弘明寺分室」があり、小学校2年生の時から通い始めたのがきっかけです。
子どもながらに音楽って楽しいな、と感じていらしたんですね。
 実は私、もともとは歌うのが好きだったんです。「ピアノを習っていれば音楽全般に役立つから」と先生から勧められて始めました。
 ピアノはやってみると奥が深いですし、楽しいことばかりではなかったんですが(笑)、でも、それだけ頑張っていると自分の特技といえるようになってきまして、「練習イヤだな」と思う時でも「でも、辞めたくない!」という思いが湧いてきました。子どもの頃に厳しく教えていただいた経験があったから、その後も続けてこられたのかなと思います。
ピアニストとしての基礎を学ばれたんですね。
その後、中学・高校のころは、どういう形でレッスンをされていたのでしょうか?
 公立の学校へ通いながら、週に一度ピアノの先生のところでソルフェージュとピアノのレッスンを受けていました。ピアノの練習をしないといけないので、部活には入れなかったですね。毎日、放課後は4時から9時まで練習して、練習を休めるのは大晦日と元旦ぐらい(笑)。テレビも夕食の間、わずかに見るだけでしたので、友達の話題についていけないこともありました。
ずっとピアノ優先の生活で、「イヤだな」と思ったことはないですか?
 あります、あります(笑)。特に高校生になると世界が広がりますし、思春期ですよね。楽しそうに過ごしているお友達をみると、「いいなあ」と思うこともありました。
 とはいえ、音大のピアノ科に入るためには高校の3年間が勝負ですから、前向きにピアノに打ち込んでいました。
そのころは、もうプロの演奏家になることが目標だったのでしょうか。
 大学に入る前は、ピアノの先生になるのが夢でした。教えていただいた先生が、皆さん素敵な方ばかりでしたので、「私もこんな大人になりたい」という思いがあり、また、少しでもピアノを学ぶ子どもたちの目標になれたらいいなと思っていました。
それで大学は、フェリス女学院大学の音楽学部に進学されたのですね。
 はい。高校時代はピアノが心のよりどころであると同時に、「より視野を広げて人間性を高めたい」との思いもあって、総合大学であるフェリス女学院大学音楽学部器楽科(ピアノ)に進学しました。
大学に入ってから、演奏に対する考えが大きく変わったと伺いました。
 堀由紀子教授に指導していただいてから、演奏に対する考え方とか感じ方がガラッと変わって、「演奏をたくさんしたい」、「ピアニストになりたい」と思うようになったんです。「もっともっと学びたい」という気持ちが強くなってきました。
より一層面白くなってきたと。
卒業後の進路はどうお考えだったのでしょうか。
 小さい頃からの夢だったピアノ教師になりたいと思っていました。また、ピアノ演奏を生かした仕事をしたいと考えるようになっていました。学部3年生の時にオーケストラ共演のオーディションに合格し、それが少し自信になったんです。さらに「もっと上達したい」と思い、頑張っているうちにあっという間に4年生になっていました。
 その頃、自分の中で「ピアノ演奏が少しつかめたかも!?」という感覚がありました。あと2年は師事していた堀由紀子先生に学んで、それを確かなものにしたいと大学院への進学を決めました。大学院を修了後は、母校に憧れていた副手(助手)として就職しました。ピアノ演奏を活かせる仕事です。「イタリア語歌唱法」「オラトリオ研究」「大学院オペラ研究」「合唱」「指揮法」など、大学と大学院で多くの授業を担当させていただきました。仕事を通して、音楽的視野も経験も広がっていきました。4年間の勤務経験は、貴重な財産になっています。
その後は、演奏家としての活動とピアノ教室を両立させていらっしゃると。
 はい。幸いオーディションなどにも合格して演奏の場が広がってきまして、ピアニストとしての活動と、教える活動を両立させていただいています。
 今は、自分が現役で弾いているからこそ、生徒の皆さんに「生きている演奏」を伝えられるのかなと思います。私は自分も演奏を続けることによって、本番に向けて努力していく大変さとか、生徒の皆さんが演奏会の前に持つ不安とか、一緒に体感しながら進んでいけると感じています。
生徒さんの気持ちがリアルに分かるんですね。
 はい。分かるからこそ、優しく慰めたいと思いつつ、心を鬼にしてお尻を叩くこともあります(笑)。生徒さんは「厳しくて優しい先生」と言ってくださるので、愛情は伝わっていると思いますが。
一方、演奏家としては現在どんな活動をなさっているのでしょうか。
 横浜市役所のロビーにピアノが置いてありまして、春と秋に「市民広間演奏会」というロビーコンサートが行われているのですが、そちらに出演しています。他にも横浜市内のロビーで、ソロで弾いたり歌手の方と共演したり、演奏する場をたくさんいただいています。
 また、自分でも演奏会を開いています。大学時代の同級生だったピアニスト2人と「カプリース」というユニットを組んでいまして、毎年12月に横浜市内のホールやサロン、また日比谷のスタインウェイサロンなどでコンサートを開いています。ソロや連弾の他、ちょっと珍しい六手の演奏なども3人で披露しているんですよ。六手演奏の楽譜はあまりないので、自分たちで編曲したりしてやっています。
 今年の12月ももちろんやるつもりなんですが、その前に新たな試みとして、9月に親子コンサートをしようと思っています。普通のクラシックコンサートは未就学児は入れないことがほとんどですが、今回のコンサートは子育てしているお母さんにも楽しんでもらえたらと思い、時間も夜ではなく午前中にしました。私もママ世代になってきまして、周りから「ゆっくり生演奏を聴きたい」という声をよく聞くようになったんですね。それで、親が子どもと一緒に楽しめるコンサートはあまりないなと気づいたんです。
貴重な機会ですね。
 はい。ソロでのリサイタルは自分の実力を発表する場ですが、(カプリースの)仲間と一緒に演奏する場では、また新しい可能性が広がると感じています。連弾や六手演奏は信頼できる仲間がいないとできないですし、すごく楽しくやらせていただいています。
では、最後に今後の目標を教えてください。
 このままずっとピアノの演奏を続けていきたいですね。聴いてくださる方が増えれば、なおうれしいです。ピアノ教室は今年で10年目なんですが、小さな子どもさんから大人まで幅広い生徒さんを教えてきました。これからも生徒さんの成長をお手伝いしつつ、自分も成長していけたらいいですね。
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レパートリーは、ロビーコンサートでよく披露するというショパンなどの他、プロコフィエフやバルトークなど多岐にわたる。
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大学時代の貴重な一枚。学内オーディションの難関を突破し、室内楽団やオーケストラと共演する機会もたびたびあったそう。
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主宰する「いこいのピアノ教室」に通う生徒のため、さまざまな楽譜や資料がいっぱい。生徒は子どもから大人まで幅広い。
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中学2年生の時から弾き続けてきた、いわば「相棒」。スタインウェイ社設計で、深い音色が印象的だった。

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