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(小田原市)[小田原北條五代祭り]

小田原北條五代祭りは、戦国時代、北条氏五代にわたって理想の国づくりを目指した戦国大名、小田原北条氏をたたえる地域最大のお祭りです。
北条歴代城主をはじめ、武者隊、姫隊を中心とした武者行列と、市内小、中、高校などの吹奏楽部やバンドチーム、神輿などのまち衆隊も参加し、総勢1700人が勇壮に練り歩きます。鉄砲衆による発砲の演技や、風魔忍者(小田原北条氏に仕えたとされる忍者)によるパフォーマンスも必見です。

 

小田原北條五代祭り
[日時]毎年5月3日
[場所]小田原城址公園
〈アクセス〉小田原駅から徒歩10分
[TEL]0465-22-5002(一般社団法人 小田原市観光協会)
[URL]http://www.odawara-kankou.com/houjyou/

小田原城が初めて築かれたのは、大森氏が小田原地方に進出した15世紀中ごろのことと考えられています。1500年ごろに戦国大名小田原北条氏の居城となってから、関東支配の中心拠点として次第に拡張整備され、豊臣秀吉の来攻に備えて城下を囲む総構を完成させると城の規模は最大に達し、日本最大の中世城郭に発展しました。
江戸時代を迎えると小田原城は徳川家康の支配するところとなり、その家臣大久保氏を城主として迎え、城の規模は三の丸以内に縮小されました。稲葉氏が城主となってから大規模な改修工事が始められ、近世城郭として生まれ変わりました。その後、大久保氏が再び城主となり、箱根を控えた関東地方防御の要衝として、また幕藩体制を支える譜代大名の居城として、幕末まで重要な役割を担ってきました。
しかし、小田原城は明治3年に廃城となり、ほとんどの建物は解体され、残っていた石垣も大正12年(1923)の関東大震災によりことごとく崩れ落ちてしまいました。
現在の小田原城跡は、本丸・二の丸の大部分と総構の一部が、国の史跡に指定されています。また、本丸を中心に「城址公園」として整備され、昭和35年(1960)に天守閣が復興、次いで昭和46年(1971)には常盤木門、平成9年(1997)には銅門、平成21年(2009)には馬出門が復元されました。さらに小田原市では、貴重な文化的遺産である小田原城跡をより一層親しんでいただくとともに、長く後世に伝えていくことを目的として、本格的な史跡整備に取り組んでいます。

  • ショップ・スポット名
    小田原城址公園
  • 住所
    神奈川県小田原市城内6-1
  • 電話
    0465-23-1373
  • URL

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