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横浜の歴史は、資料館が建つこの場所から始まった!?

横浜開港100周年を記念して編さんされた「横浜市史」の収集資料を基礎に開館。イギリス領事館から受け継いだ建物は、眺めているだけでも横浜の歴史が感じられる。
収集資料は現在26万点を超えるそうだが、何より感動するのは、この場所が、日本の開国を約した日米和親条約が締結された地だということ。館内には調印風景を描いた「ペリー横浜上陸図」が展示されているが、そこに描かれている木と、資料館中庭にある「玉楠の木」は、同じものだという。ここでは、そんな歴史のリアルを体験したい。


1階展示室では、ペリー来航とその前後の世界情勢、横浜の様子などを紹介。開港間もない横浜を描いた錦絵と、現在の横浜を照らし合わせてみると、遠い昔と思っていた歴史が案外身近な出来事であることに驚く。


2階展示室では、明治14(1881)年の横浜実測図に基づいて床面に地図を描き、それぞれの場所で始まった「横浜もののはじめ」などを紹介。旧横浜駅や横浜市役所、石けん・西洋瓦・ガラス瓶の製造などなど。身近なものだけに、一つひとつ見ていくととても興味深い。


日刊新聞のはじまりも、横浜からだった。シルク相場や為替をいち早く知ることが目的だったため、当時の印刷物が、製糸業が盛んだった群馬や福島で発見されることも少なくないという。古新聞として詰め物などに使われていることが多いそうだが、今となっては貴重な資料。


日米和親条約の締結(1854年)を見守っていた玉楠の木。関東大震災で幹の大部分を消失したが、残った根から新たに芽吹いたため、数メートル移植。現在は、横浜の歴史を見つめてきた生き証人として、資料館の中庭にしっかりと根を張っている。

横浜開港資料館

1854年日米和親条約が結ばれた場所が、資料館の前身だった旧英国領事館でした。館内には、日本開国や横浜の開港をめぐる貴重な歴史資料が収集されています。今も残る中庭の「玉楠の木」のもとで、ペリー提督と幕府が会見したといわれています。2009年開港150周年マスコットキャラクター「たねまる」は、この「玉楠の木の精」としてデザインされました。隣接する開港広場では、日本で最も古いレンガ造りのマンホール、下水管の展示もしています。

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