mirea 街を彩る ヒト・モノ・コトをつなぐ[ミレア]

語り&生演奏で物語の世界を豊かに。かみしばいアンサンブル横浜

語りと音楽の力で、
観客を物語の世界に引き込む。

手づくりの紙芝居をキーボードの生演奏とともに上演している「かみしばいアンサンブルよこはま」。小学生の時から紙芝居を作り続けている制作・語りの大泉ひろ子さんと、ピアノ教師だった作曲・演奏担当の原和子さんが活動し始めて18年目を迎えた。
数多くのレパートリーを持つ二人だが、なかでもライフワークと言えるのが、あまんきみこさん原作の戦争童話「ちいちゃんのかげおくり」だ。物語に合わせて爆弾の落ちる効果音なども挟まれ、子どもたちは固唾を呑んで引き込まれていくという。「空襲を体験した方に伺うと、音や色の記憶がないそうなんです。そういう恐怖を紙芝居で伝えられたら」(原さん)、「戦争を知らない子どもたちに伝えたい思いがありますし、ちいちゃんの悲しみがジワリと届いたらいいなと思います」(大泉さん)。
今の目標は「ちいちゃんのかげおくり」上演500回だという「かみしばいアンサンブルよこはま」。今年も紙芝居と音楽の力で、多くの人に感動を届けていく。

手づくり紙芝居のほんの一部。タイトルの文字や絵を縁取りしたり、色を工夫して、遠くの観客も見やすいように工夫している。

「電子楽器なんてやったことなかったの」と笑う原さん愛用のキーボード。約900種の音を奏でることができ、効果音も自由自在。

大泉さんが小学4年生の時、初めて作った紙芝居「湖山長者」の舞台である鳥取県を訪ねて公演。湖山池は鳥取市にある日本最大の池。

これまでの公演の内容がびっしりと書き込まれた「巻物」は二人の宝物だという。届いた礼状もすべて大切に保管されていた

《原和子さん・大泉ひろ子さんインタビュー》

まず、お二人で紙芝居デュオを始めた経緯から教えてください。
(原さん)「(横浜市の)本郷台に地球市民かながわプラザという大きな複合型の施設があるんですが、そこが出来る半年前に第1期の展示ボランティアを募集したんです。1997年の話です」

そこにお二人とも応募されたと。
(原さん)「そうです。それで、ボランティアでイベントをやってみませんかという話が出まして、ボランティアみんなで影絵劇をやることになったんです。彼女(大泉さん)はずっと紙芝居をやっていましたし、私はピアノ教室をやっていましたので生徒さんと一緒に、語りに自分が作曲した音楽をつけようと」

(大泉さん)「私は自作の紙芝居をずっと作り続けていまして、紙芝居に音楽があるとどんなにいいだろうとずっと構想はしていたんです。(原さんと出会うまでは)ずっとテープで音楽をかけて活動していました。生演奏だったらどんなに素敵だろうと思って、私が小学生の時に作った紙芝居に「音楽をつけてくれませんか」と原さんに依頼をしました。当時作った紙芝居は母がずっと取っておいてくれて、鳥取県に現在もある日本で一番大きな池にまつわる『湖山長者』という作品なんですね。原画だけで脚本も何もない状態だったんですが、これに音楽をつけてくださいと大胆にも原さんにお願いしてしまいました。
そうしたら原さんに原画をすべて写真に撮って、裏に脚本をつけてくださいと言われましたので、まず拡大カラーコビーをして、脚本をつけてお渡ししました。その後4か月かかって音楽が完成しました。私はその4か月の間に、紙芝居特有の技法を原画に加えました。例えば絵に縁取りをして遠くの方にも見えやすくしたり、色を足したり、太陽が絵の中で動く仕掛けを加えたり……。大人になってから小学生だった自分の作品に手を加えるというのは、とても不思議な体験でした。それが二人の初めての共同作業で、1998年のことでした。現在は50作品の中で10作品に原さんが音楽をつけてくれています。昨年の11月で17年になりましたけれど、700回以上公演を重ねています」

始められた時は、こんなに長く続くと思っていらっしゃいましたか?
(原さん)「わからなかったですね(笑)。最初は私、ピアノで作曲していたんです。けれど、地球市民かながわプラザにたくさん楽器が買い込んであって、誰も使わないまま放置されていたんです。それで楽器がかわいそうで、なんとか使いこなしてみようと。私、電子楽器なんて全然やったことなかったんですけれどね。
一回目の公演を聞いてくださった方が私たちの応援団になってくださって、すごくおだててくださったんです(笑)。それでいい気になっちゃったんですね(笑)。続けようというより、見てくださった方が喜んでくださって、活動の場を広げてくださいました」

(大泉さん)「ここまで緻密に音楽をつけてくださる方が原さんの他にはいないので、どれだけ紙芝居の語りと絵が音楽によって生かされているかと感謝しています。これだけ長く続けることができて、こんなに嬉しいことはないです」

【取材ウラ話】
実は、原さんと大泉さんの出会いには運命的なものが。
大泉さんがかつて勤務していた幼稚園「ひばり幼稚園」の園長・岡田寅次先生は、原さんが通った中学校の校長先生だったのだ。大泉さんがひばり幼稚園の思い出をもとに制作した紙芝居「ひばりっこ」を見て、岡田先生を思い出したという原さん。さらに、ひばり幼稚園の園歌を作曲したのは原さんの恩師だったことも判明し、ますます運命を感じたという。

大泉さんは小学4年生の時に『湖山長者』を作られて、それからずっと紙芝居を作り続けてこられたんですか?
(大泉さん)「そうなんです。大学では幼児教育を学んだのですが、その時も作り続けて、実際に幼稚園教諭になってからも作り続けていました。結婚や育児で中断した時期もありましたが、ずっと作り続けて、読み続けてきました」

紙芝居の面白さはどんなところですか。
(大泉さん)「ライブでお客さまの反応が伝わってくるところでしょうか。原さん曰く『息遣いが一緒になる瞬間がある』っていうんですね。私が「はあっ」てため息をつく場面で、ご覧になっているお客さまも一緒にため息をついたり、共感の喜びがあります。また、絵本は子どもを膝に抱っこして『1対1』で読み聞かせる世界ですが、紙芝居は100人ぐらいの方にご覧いただくことができます。自分が絵を描き、話を考え、さらにそこに音楽が加わって一つの世界が完成するという喜びをいつも感じています」

音楽をつけるときは、「こんなイメージで」とか事前に相談されるんですか?
(原さん)(大泉さん)「何にもないね(笑)」
(原さん)「まずセリフをテープでもらうんです。セリフと音楽がかぶりすぎるとうるさくなるので、「ここはBGMのあるところ、ないところ」と決めていきます。それからストップウォッチを使って、「ここは40秒、ここは1分16秒」と計って、何小節章節ぐらいになるかイメージしていきます。一回作ってみて、大泉さんと合わせるんですが、大抵合わないんですね(笑)。ですので、そこから削ったり足したり、イメージに合わない時は音を変えたりを繰り返していきます」

(大泉さん)「原さんが使っているキーボードは大体700種ぐらいの音が出るそうなんですが、そこから私の声質や声の高さに合わせて音を選んでくれるんです。私も毎回同じ長さで読めるわけではないので、原さんはそれに合わせて演奏を調節してくれるんですよ」

(原さん)「日本語の作品の時にはそれができるんです。英語バージョンも何とかできる(笑)。でも、カンボジアでやった時のクメール語は死ぬほど大変でした(笑)」

(大泉さん)「(笑)。2003年に10日ほどカンボジアで公演したことがありまして、その時はクメール語を特訓しました。『長倉の池ものがたり』という作品をやったんですが、クメール語をカタカナに起こして、発音をテープに吹き込んでもらって。本当に大変でカセットレコーダーが一台壊れました(笑)」

(原さん)「それを私、見てますでしょ(笑)。カンボジア語だと話の流れがわからないので、一度集中力が途切れると、どの場面を読んでいるのかわからなくなるんですよ。登場人物が出てくるところとか音楽がずれると絶対におかしいところがありますでしょ、そういうところは緊張しました」

(大泉さん)「2008年にブラジルで移民が始まって100年を記念する大きなイベントがありまして、その時も公演をさせていただきました。サンパウロ新聞社がサポートしてくださって、25日間で9都市を回りました。全17公演で、一番長い時は3,000キロ移動しました。その時は『長倉の池ものがたり』と、光村図書さんの小学校3年生の国語の教科書に載っている『ちいちゃんのかげおくり』という作品を持って行きました。ブラジルは日系の方だったので、日本語で大丈夫でした。
この『ちいちゃんのかげおくり』は、私の息子が小学校3年生だった23年前に「なんとかこの悲しいお話を紙芝居に作れないものか」と思いまして、一年かけて絵本の絵を写しました。絵本はモノクロなんですが、紙芝居は色があった方がいいので、23枚の絵を書き写して色もつけました。私の父が日本が戦争していた時代に若い時代を送っていましたので、『当時の列車の色ってどうだったの? 』とかいろいろ聞きましたら、父が全部教えてくれて、色をつけることができました。完成した当時はまだ原さんと出会っていなかったのですが、二人で活動を始めた98年に原作者のあまんきみこ先生の許可をいただいて音楽をつけました。現在は32,000人以上の方にご覧いただいています」

お二人にとっては代表作とも言える存在ですね。
(原さん)「代表作というかライフワークですね」

(大泉さん)「息子が通っていた小学校に20年以上呼んでいただいたり、たくさんの方の前で読んでいますね」

とても悲しいお話ですが、子どもたちの反応はどうでしょうか。
(原さん)「すごい悪ガキちゃんでも、大きな爆弾が落ちるシーンのあたりから目がテンになって、じーっと静かに聞いていて、『くすんくすん』と鼻をすする音が聞こえ始めるんですね」

(大泉さん)「今の子どもたちは日本がアメリカと戦争をしていたことを知らない子もいますし、お母さんがた・先生がたも知らない人のいる時代ですよね。私たち自身も戦争経験はないですし……。だからこそ、伝えていきたいという思いがあります。『ちいちゃんのかげおくり』には残酷な場面は一つもなくて、ただ悲しみが残るというお話なのですが、それがジワリジワリと子どもたちの心に届いたらいいなと思っています」

原作のあまん先生にもご覧いただく機会はあったのでしょうか。
(原さん)「ビデオテープを送ってご覧いただいて、『ありがとうございます』と言っていただきました」

(大泉さん)「絵本の絵を描いた上野紀子さんからも『どうぞよろしくお願い致します』とハガキをいただきました。
また、公演を見た子どもたちからの感想文で、『ちいちゃんと一緒に逃げている気持ちになりました』と言っていただくこともあります。再現する爆弾の音とか本当に凄まじいんですが、そうじゃないと『こう言う状況だったんだ』というのが子どもたちに分かりませんでしょ」

(原さん)「私たちにだって70年前にどれほど爆弾が落ちて、どんなふうに逃げたのかなんて分かりません。その場にいて体験なさった方に伺うと、ちいちゃんの絵本のように記憶がモノクロなんですって」

(大泉さん)「恐怖が色彩の記憶をなくしたのでしょうか」

(原さん)「爆弾の音もね、『こういう音でしたか?』って効果音を聞いていただくと、無音の記憶しかないんですって。音も色もない世界で漂っていた、っておっしゃるんです。だから、本当のことをどう伝えたらいいんだろうって。私たちの紙芝居を見て、大泉さんの声を聞いて、ちいちゃんと一緒に逃げている気持ちになってくれたらいいなと思っています」

語りの声・音楽・効果音がすべて一つになることで、より心に響く作品になっているんでしょうね。
(大泉さん)「今でも教科書に載っているんですが、それはやはり意味のあることだと思いますし、私たちもこの作品を大事にしていきたいと思っています」

最後になりますが、今後の活動の夢や目標を教えていただけますでしょうか。
(原さん)「ちいちゃんは公演500回まで頑張りたいですね。それまで体が保つかしら(笑)」

(大泉さん)「原さんは元々体が弱いのに、二人で活動を始めてから一度も入院してないのよね!」

これからも二人で活動を続けていく、というのが大きな目標ですね。
(原さん)「まずはちいちゃんを450回、できれば500回続けたいですね」

(大泉さん)「今のペースだと、あと5年はかかると思いますので、原さんに頑張っていただいて(笑)」

かみしばいアンサンブルよこはま

1998年の結成以来、小学校や幼稚園、公共施設を中心に700回以上の公演を行っている。大泉ひろ子さんは神奈川県手づくり紙芝居コンクールで最優秀賞受賞。原和子さんはピアノ教師として260余名を指導してきた実績を持つ。

  • ショップ・スポット名
    かみしばいアンサンブルよこはま
  • 住所
    横浜市栄区

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